麻痺回復を諦めることが障害受容ですか


 先ず、最近は「障害」ではなく「障がい」を使うそうです。私は「障害」の方が正しいと思っています。

 さて、リハビリテーション業界のなかでも、障害のある人の麻痺回復に対する固執について「障害受容が出来ていない」というような表現を用いることがあると聞きます。
 脳梗塞などで手足が麻痺しても、その状態が永久に続くのではありません。麻痺の手足をリハビリすることで少しずつ改善・回復することが実証されています。またリハビリしてもほとんど改善しない人もいます。だから発症直後・リハビリを経た数ヵ月後で患者様の麻痺状態は様々です。と言うことは麻痺の改善・回復に対する思いも様々だと言うことです。

 しかし麻痺した患者と言うものは何時まで経っても「これ以上の回復はあり得ない」とは思わないのです。医療関係者の言葉に「もう無理なのだ」と納得させられた患者は「障害受容ができた」と褒める。何時までも回復を願って麻痺側のリハビリを願うと「障害受容が出来ないから困る」と疎んじられる。なぜだろうか。

 「機能回復への固執」と「障害受容」は何の関係もない。したがって治療側が、「機能回復への固執」からの「断念」ばかりを迫ることは慎むべきである。

 そもそも、キューブラー・ロスの死の段階説をそのまま障害に適用した理論は誤りである。キューブラー・ロスが脳梗塞になった時、どのような心の変化があったのか知りたいと思う。
 キューブラー・ロスは、1995年に脳梗塞に見舞われ左半身麻痺になった。その苦悩を2002年アリゾナ・リパブリック紙のインタビューで語っている。どなたか内容をご存知ではありませんか。そして彼女は2004年にアリゾナ州のスコットデールの自宅で亡くなった。

 私は脳内出血で左上下肢が麻痺しました。半年ほどで何とか杖無しで歩けるようになり、左手も日常生活で、何とか使うことが出来ます。発症から16年が過ぎました。

 入院リハビリ中も退院後も、「障害受容の段階説」を感じたことはありません。普通の人と同じように考え、同じように行動しようと考えています。でも、それは出来ないのです。2級2種の障害者手帳を交付されている重度障害者ですから当然ながら障害は受容しいています。当たり前のことで、上下肢の麻痺は現実ですから、受け入れるも何も無いのです。

 手足を動かすリハビリを続けていれば何時かは元の戻ると信じて努力を続けています。このことを固執していると言うのでしょうか。そうかもしれません。でも障害のある人の殆どが、回復を願い訓練を継続し続けているのではないでしょうか。
 所謂、障害を受容して訓練を中止すれば回復はあり得ないのです。



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