着替えは一人でしたかった


救急病院では、下着は自前だが、部屋着は、病院が用意した病衣を着ていたように思う。

 急性期病院に転院してからは自前のパジャマを着ていたが着替えはナースがしてくれていた。リハビリ室での訓練もパジャマであった。
 
 倒れてから1ヶ月半で回復期リハビリテーション病院に転院した。

 初めて作業療法の訓練室に車椅子で運ばれたとき、前の病院のようにパジャマを着ていた。
 
 暫くして担当の作業療法士さんが言いました。「着替えは自分で出来ますか」と。


 一瞬耳を疑い、そして室内を見回しました。パジャマ姿は誰もいません。
 
 前の病院ではナースがしてくれたので、自分で着替えたことがない。

 「皆さんのように着替えてこないといけませんね」。

 「一人で出来なければナースか助手さんに助けてもらって着替えてください」。
 

 「このシャツとズボンで試してみましょう」、「パジャマの上に着てください」と、大きめのシャツとズボンを渡されました。


 「大丈夫ですか」と言われた。しかし、左手が動かないのにどうすればいいのだ、と暫く考えました。

 「一人で着替えてみます」。

 ズボンは右手だけで何とか履くことができました。どちらの足を先に通したのかは覚えていません。 

 シャツは麻痺の左手を通してから何とか右手を通しました。ボタンは右手だけで何とか止めることが出来ました。

 脱ぐのは、上着もズボンも楽に出来ました。

 「マサおじさんは器用ですね」、「前の病院で教わりましたか?」

 「初めて着替えました」、「明日からは着替えてここに来ます」と言うことで病室に帰ったが、着替えがあるのか心配になった。

 着替えはベッド下の衣装ケースに入れてあるかもしれない。転倒に気をつけてしゃがみ、引き出しを引いた。下着と部屋着が揃っていた。ボタンのないトレーナーとズボンである。



 翌朝は5時半に起床してパジャマを脱ぎ部屋着に着替えた。

 6時に、起床の掛け声に回ってきたナースが私を見て言いました。「自分で着替えたの。すごいね」

 脱いだパジャマのたたみ方が分からないので教えてもらい、衣装ケースに収めた。


 急性期病院の若い女性セラピストが転院前に言っていたのを思い出した。

 「此処では何でもナースがしてくれますが、次の病院では自ら進んで何でもしないといけないのですよ」と。

 この時から自ら進んで、どんなことにも挑戦し、寝るときと食べるときは全てリハビリをすることにしたのです。

 もちろん無理な無茶な事はしないし、適当に休憩などを挟みながら。


 しかし、今から考えると、衣装ケースを引き出すために床にしゃがめたのは急性期病院で畳生活のための訓練を受けたからである。

 和式トイレにしゃがむことも可能になっていた。

 しゃがむ動作は日常生活で、意外に多いです。早期の訓練を必用とします。


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