『頑張るリハビリ』の意味を取り違えない

「頑張る」と言えば、「一定の場所から動かないで見張りを続ける」ことで、語源は「眼張る」の「がんばる」。 もう一つは、「我を張る」から「ばんばる」。

「一定の場所から動かないで見張りを続ける」にも「我を張る」にも、続けるには『忍耐』が必要です。
そこから「頑張る」を「忍耐して努力する」意味に使うようになったと思います。

リハビリに当てはめると、「リハビリを頑張る」とは、「動くようになるまでリハビリという場所を離れない」。
または「動くようになるまでリハビリを続けるという我を通す」ことです。

つまり、マヒの回復を諦めずに、回復するまでリハビリを続けるという強い意志を持ち続ける」ことが本来の意味です。

しかし、一般に「リハビリを頑張る」とは、「必死にリハビリをする」、「一所懸命にリハビリをする」などの意味に使います。『頑張る』を『忍耐して努力する』の意味です。


さてリハビリと言えば必死で歩く練習をしている場面が、ドラマなどで出てきます。
あの場面を見れば誰でも感激・感涙します。

脳梗塞や脳出血の後遺症を克服するためにもリハビリが必要です。
でも、ドラマにあるような事故後のリハビリとは全く異なるのです。

ドラマによくあるリハビリは、痛めた手足の機能を回復させるための訓練ですから必死さも一所懸命さも通用するのです。

しかし脳梗塞や脳出血で痛めたのは手足ではなく、脳の「手足を動かすプログラム」を痛めたのです。
マヒした手足を繰り返し動かすことで、脳に新しく「手足を動かすプログラム」を書き込むのです。

だからドラマのような必死の訓練はあり得ないのです。

必要なのは「動くようになるまでリハビリを続けるという我を通す」ことなのです。

このことは真の意味の『頑張るリハビリ』なのですが、必死の訓練はあり得ないという意味で『頑張らないリハビリ』と言うタイトルにしたのです。

お分かりいただけたでしょうか。

私のリハビリ体験記を読んでいただければ分かるように、「リハビリを必死に頑張った」との記述はありません。

リハビリを続ければ元の状態に戻るという軽い気持ちで訓練をしてきたのです。

このような気軽さが私の持つ「人間の自然治癒」を引き出し、脳の可塑性を高めて歩けるようになり、手も使えるようになったのだと考えています。


私の『リハビリ体験記 1.脳被殻出血』です。
http://12346529.at.webry.info/200811/article_1.html


この記事へのコメント

Reiko
2018年08月14日 22:08
こんにちは。
私は脳出血で、入院6ヶ月、身体2級。退院そして、二年半になりました。
私は「マサおじさん」と同じ気持ちです。入院中からブログを拝見させていただきました。
もくもく々 とリハビリをして、文字を書く事や料理を作ることなど、麻痺手で徐々に行って参りました。
失語症のためコメントできなくて、申し訳ございません。でも、ブログは見ています。
「両手、麻痺手を使うこと」です!
Reiko
2018年08月14日 22:21
「両手足、麻痺手足を使うこと」ですね!
失礼しました。
マサおじさん
2018年08月15日 07:20
Reikoさん
その通りです。頑張りましょう。
マロンさん
2018年12月15日 17:11
まさおじさん、お久しぶりです。
脳梗塞を起こしてから3年。4カ月の入院生活を経て退院した頃は、まさおじさんのこのブログに助けられていました。今では車の運転も再開し、普通の生活にもどっているので、このブログも見ることが無くなっていました。
普通の生活と言っても、片手の麻痺は元通りというわけではなく趣味のダンスを踊るときに手が垂直に上がらず、しかも肘が曲がってしまい、いかにも身障者という感じですよ。それでも図々しく発表会にも出ています。一緒に踊る人の足を引っ張っているのではと思いつつ。
先日、テレビで肩こりを直すストレッチというのをやっていまして、麻痺してから肩こりも感じなくなったと思いつつ真似してやってみたところ、スーッと手が上るようになり、肘も伸びていたんです。あきらめていた事だったけど、
麻痺だけでなく肩こりも原因していたようです首も後方まで回るようになり、大きくあかなくなっていた口も開くようになりました。なんでもやってみることが大事ですね。
また、手を上げるときは、片手だけでは上まで上がらないけど両手一緒だとかなり上がります。両手を一緒に使う事も大事、諦めないで使い続けることも大事、なんでもやってみることが大事ですね。長文になりすみません。
2018年12月16日 07:27
とにかく両手を使うことも麻痺改善には大切な動作です。
どんなことにも両手で挑戦しましょう。