「どの程度の回復を希望するか」と質問する理由は何ですか

 私は急性期病院の療法士に「職場復帰しないと会社が大変なことになる」と何度も言いました。孫娘のような女性PTは「その為に先ず歩くことが出来る様にリハビリしましょう」と言われて“尤もだ”と思いリハビリに励みました。回復期病院に転院した時は「2~3ヵ月で“社会復帰”できるように頑張りましょう」と担当医に言われて、「努力すれば、2~3ヵ月で“会社復帰”ができるのだ」と勘違いしました。

 “社会復帰”と“会社復帰”では、かなり違いますが、私にすれば“会社復帰”という理想を持ってリハビリに励んだことになります。そして実現もしたのです。私は希望を聞かれませんでしたが、希望したように職場復帰が出来ましたし、2級の麻痺はありますが殆どのことで両手が使える様になりました。患者の希望を聞くのはそれを達成させる為ですか。それとも“職場復帰”は無理ですから“家庭復帰”を目指しましょう等と、患者を諭す為なのでしょうか。

 稲盛和夫さんの言葉があります。『そうであろうと努めながら、ついにそうであることは出来ない。しかしそうであろうと努めること、それ自体が尊いのだ』
 
努力しても思い通りにはできないこともあります
それでも、努力する価値のあることがあるのではないでしょうか。

そうありたくても、そうはできないこともあるでしょう
そうなりたくても、なかなかそうなれないこともあるでしょう
現実は理想通りにはならないことも多いでしょう
でも、理想をもって努力することが大事なのではないでしょうか。

 理想をあきらめずに、努力を続けることで、少しずつ近づいていくことができれば良いのではないでしょうか。麻痺の回復を信じてリハビリを続ければ、回復の可能性はいつまでも続くとリハビリ科の専門医が言うのを聞いたことがあります。完全回復は理想かもしれませんが、努力しないと回復も改善も無いのです。


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