マサおじさんのブログ

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help リーダーに追加 RSS 『障害受容』

<<   作成日時 : 2009/01/07 11:54   >>

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 2008/12/05 16:14に、いわゆる『障害受容』について、と言う記事を書きました。
http://12346529.at.webry.info/200812/article_10.html
 この記事では主に、キューブラー・ロスの段階説をそのまま障害に適用した理論についての疑問から出た内容でした。少し視点変えて考えてみました。


 脳血管障害で片側に痲痺が起きると、麻痺を回復させるために、麻痺した上肢、下肢を他人の介助を受けながらでも繰り返し動かす努力が必要です。患者さんの麻痺した手足を患者さんが意図した運動、つまり患者さんが思った通りの運動が実現するように治療者がうまく操作するのが新しいリハビリの考えです。

 患者は「機能改善」を強く望むのに、破壊された神経細胞は再生しないから、片麻痺は治療しても回復はしない。そのため、片麻痺の患者さんのリハビリテーションは「麻痺のない下肢や上肢を鍛えて、歩行や日常生活が出来るようにすること」を目標とし、「回復は無理である」と「断念」を迫る治療者もいると聞きます。「断念」を患者さんが納得すれば「障害受容」が出来たと思い。納得しなければ「障害受容」が出来ない患者であるとの烙印を押す。

 「リハビリの世界において、障害をもつ患者の心を安易に考え、『障害受容』という言葉が決裁の印鑑のように使われていないか、期待通りの治療ができていないという謙虚さを忘れ、パターナリズムに陥ってはいないか」という問題意識を持つことが必要である。」とは、NHKスペシャル「闘うリハビリ あなたはここまで再生できる・脳がもつ可能性」で有名になったCI療法の日本における第一人者である兵庫医科大学リハビリテーション医学教室の道免教授の言葉です。

 私は入院リハビリを受けているときも、「麻痺のない下肢や上肢を鍛えて、歩行や日常生活が出来るようにする」訓練は拒否し、あくまで「痲痺側の訓練に固執」しました。退院しても、痲痺側を諦めるような「障害の受容」を考えず、「訓練を続ければ必ず動くようになる」との信念を持って両手を使い続けています。

 退院当初は、イライラの連続でした。それは、麻痺のない手のみで日常生活動作をする方が、はるかに楽だからです。しかし、そうすると麻痺手を動かさない事になります。

 例えば、麻痺のない手の助けで麻痺手を広げて卓上の缶ビールルを握らせ、卓上で缶を麻痺手で握ったまま麻痺のない手でプルトップを引く事が出来れば最高です。卓上の缶ビールを、麻痺のない手のみでルトップを引く事は可能ですが、敢えて練習するのです。

 幾らでも練習できる動作はあります。洗顔も片手だけでも可能ですが、両手を使う訓練を。

 「麻痺改善」を諦めても、有意義な生活を送っておられる方は沢山おられます。
どちらを選択するのかはその人の自由です。
訓練しても改善の進まない人もおられるでしょう。

 でも訓練しないと改善はあり得ないのです。

 難しい問題と言えますね。



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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
今の自分を決して否定しない。でもより良い自分であろうとする。昨日の自分を卒業した明日の自分であろうとする…。
私たちは本来はどんな人だって、そうやって生きているのではないかと思うのです。(少なくとも私はそうです)

障がいをもったということは否定しない。
けれどできることが増えていく。できかたのバリエーションが増えていく。片手でできればできないよりはずっといい。けれど両手でできたほうがもっといい。
そういう考えと冒頭の考えとどこが違うのでしょうか。

それは一見すると「元に戻る」ことを望むようでいて、決してそうではありません。将来的にはともかくとして現段階では新たな代替回路の再建によって「元にできていたことがもう1度できるようになる」のであって「戻った」わけではないからです。

ですので、栗本慎一郎さんが言うように「麻痺(の影響)は残っても練習したことはできるようになる」のだと思います。
speranza
2009/01/07 23:14
いろいろな生き方があっていろいろな選択があるのでしょう。
だからこそ、療法士が一方的に「烙印を押し」たり「決済の印鑑」のように「審判」することなど決してあってはならないことだと思います。
私たち療法士の仕事は「審判」することではなくて「援助」することです。

療法士は現実からこそ学ばなければならないことがたくさんあると考えています。
そして患者さん利用者さんも自分で努力しなければ決して良くはなりません。良くなりたいと思うなら「お任せします」なんて言ってはいけないと思います。(言いにくい状況があるのかもしれませんが…)

>訓練しないと改善はあり得ないのです。
マサおじさんのおっしゃるとおりに文字通りにそうなのだと考えています。
ただ、がむしゃらにやるのではなくてマサおじさんが他の記事にも書いていらっしゃるように自分でよく考えて訓練することが大切だと思います。
speranza
2009/01/07 23:15
speranzaさん

 私は訓練を続ければ、「元に戻る」と考え、面倒でも両手を使うようにしてきました。殆どのことが出来るようになったのですが、「元に戻った」のではありません。どこかにギコチナサが残っていたり、動作が鈍いからです。マサに「麻痺(の影響)は残っても練習したことはできるようになった」と言えます。

 片手で出来るのに、不自由な手を動員するのは面倒です。でも訓練しなければ進展はありません。

 speranzaさんが言われる通りに感じています。
>けれどできることが増えていく。できかたのバリエーションが増えていく。片手でできればできないよりはずっといい。けれど両手でできたほうがもっといい。
マサおじさん
2009/01/08 08:36
speranzaさん

>患者さん利用者さんも自分で努力しなければ決して良くはなりません。良くなりたいと思うなら「お任せします」なんて言ってはいけないと思います。
 中々言いにくい言葉だとだつ思いますが、その通りです。動かない・動きにくい手足は自分の手足なのですから、自分で努力しないといけません。

 日常生活の中には簡単な動作も多いですから、無理のない動作をゆっくりと少しずつ試してゆけば良いと思っています。

 でも、意識的にせよ、無意識にせよ、改善を諦めている人は意外に多いようです。又、いまさら改善を望まないと言う方もおられると聞きます。悲しくて言葉が見つかりません。話がそれました。ごめんなさい

マサおじさん
2009/01/08 08:52
マサおじさん
素朴な疑問として思うことがあります。

人が成長成熟できるのは脳に可塑性があるからですよね?
同じ人間の脳なのに生まれつきの脳の可塑性に個体差ってあるのでしょうか?

そう考えると烙印や決済印なんて絶対にあってはならないと思うのです。
speranza
2009/01/08 22:05
peranzaさん
 専門的な事は分かりませんが、猿にも脳の可塑性があるのではないかと考えられているようですから、同じ人間に個体差はないと思います。だから、烙印や決済印のことを考える人は脳の可塑性を知らないのかもしれませんが、だったら困りますね。困ると言うよりも・・・。これ以上言えません。
マサおじさん
2009/01/08 22:41
マサおじさん、私も生まれつきの脳の可塑性に関して個体差があるとは考えにくいのです。

少なくとも、正確に表現するなら「あなたの脳の可塑性、あなたのリハビリの可能性についてはわかりません」ということと「あなたの脳の可塑性は期限切れです。あなたのリハビリの可能性はありません」ということは全く違います。

>困ると言うよりも・・・。これ以上言えません。
こんなことをマサおじさんの手で書かせてしまうような現状があるということについて同じ療法士として申し訳なく思っています。
私は権威主義ではないしアマノジャクでもありませんが、結果として「リハの常識」とは違うことを言ってしまうことになってしまいます。でも、大切なことは患者さん利用者さんが良くなることだと思うのです。私の判断基準はそこにあります。そうやって現実を見直してみると目からウロコのことって本当にいっぱいあるのです。
speranza
2009/01/09 20:23
人間の身体の不思議と謎は尽きることがありません。
でも「現実」にその答えの一端はあらわれているのだと考えています。
ですから、私たち療法士は「現実」からこそ学ぶことが必要だと思っています。
そして、1人でも多くの方がより良い方向へ向かっていけるようになるためにみんなで智慧を出し合って協力し合っていけたらいいな…と思っています。

話がだいぶズレてしまってすみません…。
私はマサおじさんからたくさんのことを学ばせていただいています。これからもどうぞよろしくお願いします。
speranza
2009/01/09 20:24
speranzaさん
 発症して間もない頃に、脳神経の担当医が、回復の可能性を否定した。というう言葉を時々聞くのが怖いのです。

>大切なことは患者さん利用者さんが良くなることだと思うのです。
 リハビリで回復の可能性があるかもしれないのに、治療者側の都合か、知識不足で、回復の見込みを否定すれば、やる気をなくして本当に回復しない人が出る事になります。そして、回復しないのは「症状が重いから仕方がありません」というようです。私には言い訳に聞こえるのですが・・・。
マサおじさん
2009/01/09 21:28
>人間の身体の不思議と謎は尽きることがありません。
 人間の身体は心と密接に関連していると思います。そしてその二つを繋いでいるのが脳ですよね。
 だから心が強いと前例にない回復が見られたり、逆の場合もあるのだと思っています。
 
 こちらこそよろしくお願いいたします。
マサおじさん
2009/01/09 21:31

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